地域レポーター情報

痩玉夫人(ソウギョクフジン)のお墓です。

2007年12月27日  投稿者:kairyu
磐城平藩藩校の儒学者、神林復所の三男、大須賀筠軒(おおすがいんけん)先生が大須賀氏の婿養子に入った時の夫人のお墓です。
江之網(舟門ふなど)の海の見える高台にあります。幼いときから相馬侯夫人に仕え、容姿端麗な才女でしたが、明治11年10月33歳で病没し子がなかったため、大須賀氏本家は絶えましたが、大須賀氏本家のお墓は田之網の横内と言うところにあり、遠縁の方が細々と墓守をされております。
高台に埋葬されたのは本人の遺言によると言われます。黒御影石のキラキラと光る綺麗な墓石です。
大須賀氏は古くは戦国時代にも記録が残り、軍船として岩城氏に協力したともあります。
漁業、水産加工業などで財を成した名家でした。

痩玉夫人(ソウギョクフジン)のお墓です。

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